灯火の先に 第6話


スザクは杖を片手に頼りない足取りで歩みを進め、一人がけのソファーにたどり着くと、そこに腰掛けた。目が見えない状態での移動は神経をすり減らすのだろう、たったこれだけの距離で、疲れたような顔をしていた。

「それで、一体何の用?」

不愉快だということを、隠しもしない声に眉がよる。
いや、声だけではなく、表情も態度も誰がどうみても不愉快そのもので、こいつ、自分が周りを見ることが出来なくても、自分の態度は周りには見えていることを忘れてないか?ああ、馬鹿だから忘れてそうだな。とは思ったが、それで困るのはこいつであって私ではないため、知らないふりをした。
一応話ぐらいしてやるかと、ソファーに横たえていた身体を起こす。

「落ち込んでるだけで何もしない、馬鹿な男を見に来ただけだ」

呆れたような口ぶりに、スザクは怒りから顔を歪めた。
人の気持ちを、苦しみを知らないからとでも言いたげな表情だった。
今ここにジェレミアとアーニャはいない。
スザクを誘導してきた咲世子は、お茶を淹れるために奥のキッチンに下がっている。お湯をわかす間、マーマレードを作る下準備を始めたらしく、小気味良い包丁の音とさわやかなオレンジの香りがこちらまで届いていた。
だから、今ここのC.C.の暴言を止められるものは誰も居なかった。

「何を怒っている?事実だろう?まさか怪我からこれだけの日数が経っているのに、一人でトイレにも行けなかったとは驚きだ」

嘲るわけでも、馬鹿にするでもなく、やはりただただ呆れたと言う口ぶりでC.C.は言った。既にスザクの体の包帯は取れている。それはこの男の回復力が高いと言うのもあるが、入院した日数と、ここへ移動してからの日数を考えれば・・・どう考えても遅すぎる。目以外にもなにか障害があるのかと疑ったほどだ。

「・・・それで?それが言いたくて来たのか?」

苛立たしげにスザクが答える。
無反応よりはましかと、返事はせずに紅茶を口にした。
無気力、無感情、無反応。
いや、無感情は違うか。
苛立ちはしっかりとあり、それを部屋の壁を殴る事で発散していたと聞いている。
だがそれだけで、それ以外何も無かったらしい。
気持ちは解らなくもない。
ルルーシュを殺して、ゼロとして世界を創ると約束したにもかかわらず、ここで強制リタイアだ。ナイトオブゼロとして有名すぎるこの男は、表立って生きていく事は出来ない。それをするならば整形し、名を変え、全くの別人として生きるしかないだろう。
だが、そのために必要な目を失ってしまった。
これが片手片足ならば、義手・義足を用いて、健常者よりもはるかに不自由となっても、一人で生きられた可能性はあった。だが目だけはどうにもならない。
ゼロとして生きることも、人として生きることもできず、ベッドから出ることもほとんどなく、生きながらに死んでいた。
食事に関しては、本当に危険な状況になればルルーシュの「生きろ」というギアスが発動するだろうから、餓死する事はまずないと判断していたし、この男の感情論のせいで散々な目にあってきた身としては、無感情大いに結構という所だったのだが、無能と化した手負いの獣の保護を買って出てくれたジェレミアとアーニャの事を考えると、やはり手を貸してやるかと、こうして動いたのだ。

本当に贅沢な男だ。
私など、役立たずになった時点で殺され、ゴミの中に捨てられて、一人でそこから這い出さなければならなかった。何も無い裸同然の・・・いや、時には裸の状態で放り出され、死ぬことのないこの身を抱え、地を這ってでも生きるしかないのだと突き付けられ続けていた。そのたびに、何度このまま死ねたならと思っただろう。
こんな風に手厚く保護してくれる者などいなかった。
この男はわかっていないのだ。
どれほど大切にされているか。
どれほど贅沢な扱いをされているか。
キッチンから聞こえて来ていた包丁の音が止み、暫くすると火に掛けられた事で濃くなったオレンジの香りが漂い始めた。どうやらこちらの話の内容を聞き、今は飲み物を運ぶのをやめたらしい。部屋に充満した濃いオレンジの香りに、初めてスザクはこの香りに気がついたようだ。
視覚を失えば、聴覚と嗅覚が発達するらしいが、自分の殻に閉じこもっているスザクは、反対に人よりも感覚が鈍くなっているのかもしれない。

鼻孔をくすぐる爽やかなオレンジの香りに驚いた。
そう、ここはジェレミアとアーニャの果樹園。オレンジの香りがするのは当たり前の事だが、今までそのことにさえ気づかなかった。おそらく今咲世子さんが何かを作っているため、その香りが濃く漂っているのだろう。

今二人は何処にいるのだろう?
今はそもそも何時なのだろう?

頭に霞みがかっているような状態で日々過ごしていたため、あの爆破テロから何日経っているか今のスザクには解らないし、今もC.C.の言葉を壁越しに聞いているような奇妙な感覚だった。
スザクは離人・現実感喪失症を発症し始めていた。
だからこそ、この手負いの獣の世話は二人には難しいと判断したのだ。

「冗談だ、そう怒るな。私は二人で、ここに遊びに来ただけだよ」

オレンジの香りに意識を向けていたスザクに、C.C.は先ほどの質問に答えた。
この男のために動いたのではなく、あくまでもあの二人のため。
だが、来たからといって果樹園と家事を手伝う気もない。

「咲世子さんと?今まで一緒に?」

女に一人旅よりも二人の方が確かに安全だし、咲世子は身体能力が高いため護衛向きだが、咲世子はシュナイゼルの直属だから、C.C.と一緒なのはおかしい。C.C.もシュナイゼルの手として動いているのだろうか・・・ピザ代のために。

「いや?咲世子とは一緒ではなかったが、アーニャが困っているようだったから、こうしてな。お前好みの日本食を作れるし、盲目の人物の世話にも長けていて、更にはゼロの正体を知る人物となれば適任だろう?」

たしかにと、スザクは頷くよりほかはなかった。
咲世子は和食を作れるし、メイドとしてクラブハウスにいたため家事全般もこなす。そしてナナリーの介助もおこなっていた。これほど今のスザクに適した人材はいない。盲目の人間が住む家に必要な物、不要な物、どうすれば安全に歩き回れるか、彼女は全て知っている。彼女なら、この屋敷内をスザクに合わせて整えてくれるだろう。
盲目な上に、自分の殻に閉じこもってしまったスザクの扱いに困ったアーニャがC.C.に相談し、咲世子を連れてきたのだ。

「で、君はいつまでいるんだ?」
「なんだ?お前は保護されている分際で、この家の主気取りか?安心しろ、私は暫くここに滞在する」

この家の主はジェレミアだ。
そのジェレミアが許した以上、居候であるスザクに文句を言う権利など無い。
それを指摘され、スザクは不愉快そうに口を閉ざした。
スザクはC.C.が嫌いだ。
ギアスの根源であるコードを持ち、ルルーシュにギアスを与えた張本人。
そして、ゼロとなってからは誰よりもルルーシュに近い場所に居た。
ナイトオブゼロであったスザクが、常に険しい顔をしていた理由の一つは、C.C.だった。その力のせいで道を踏み外し、取り返しのつかない状況にまで追い込まれ、結果命を落としたルルーシュの側に、当たり前のように寄り添っていたから。
自分は剣で彼女は盾。
不死の身体を使い、肉の壁として。女の体を使い、傷ついた彼の心を癒やす盾。あの時のルルーシュには必要だった存在。そう考えなければ、切って捨てていたかもしれないほど嫌っていた。

「私はいらないという顔だな。だが考えてみろ、ジェレミアとアーニャはこうして外にいる事が多い。暫く滞在する代わりにと家事を買って出た上に目の見えないお前の世話までしていたら、いくらなんでもオーバーワークだろう?だからこうして私がお前の相手をすることにしたんだよ」

話し相手ぐらいにはなってやるよ。
居候するのだから、そのぐらいはな?
そう言いながらC.C.はリモコンを手に取りテレビをつけた。



喧嘩するほど仲がいい、という関係ではありません。
お互いに嫌い合ってます。
ルルーシュがいれば、仕方なく協力する仲

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